Hくん。Hくんは、音楽療法の部屋に着くと、車いすから、ピアノの前のイスに座り替えます。そうして、ピアノに向かってセラピストと並んだら、Hくんの音楽の時間の始まりです。
鍵盤の上で、Hくんの手は自由です。
Hくんの音は、どんな鍵盤を押さえても、どんなリズムで鳴っても、セラピストの音とまじって、いつも素敵なメロディーとして躍動します。
ときにはHくんの手がセラピストの手を握って動かしたり、セラピストが、Hくんの手をそっとおさえて音を出したり…。
横で聴いていても、どちらの弾いた音なのかわからないときがあるくらい、それはそれは、「2人で一緒に奏でる音楽」なのです。
思いっきり演奏が盛り上がったあと、Hくんの手がだんだん動かなくなると、「ふー…」と、音をまとめて一息つくセラピスト。そして気持ちの良い余韻。
そんな風にして、「今、ここで」しか生まれない、Hくんの音楽。
いつも、あっという間の30分です。
終わりの時間が近づくと、「さよなら、また今度ね」と、これもまた、即興演奏で音が紡がれていきます。
最後の音がすーっとおさまると…、
ポロロン…、チョン、チョン…♪
Hくんの手が、「まだまだやりたいんやけど〜♪」と名残惜しそうに音で伝えてくれるのでした。